第十五話「凸凹な仲間達」

町の東西南北に分隊していた亥組は、緊急時の伝達方法である竹笛の音によって半分は詰め所へ、もう半分は突如町へ押し寄せた隣町の住人の避難に奔走していた。

「一人として犠牲にしてはならない!子の町の住人もだ!」

そう叫ぶのは亥組の隊長、十鎧。北側を巡回していた隊員から報せを受けて、町の南側に混乱が広がる前に手を打った。亥組が積極的に子の町の住人を保護することで、亥の町の住人は子組から逃走幇助の罰を恐れずに済む。そして子の町の住人は他でもない見廻組に保護されることで、脱走のお咎めを受けずに済む。なぜなら、子組と亥組は協定を結んでいるから。有事の際はお互いの町の住人を助け合うこと、これに罰を下すということは亥組の好意を踏み躙ることに他ならない。ただし保護とは一時的に預かることを指し、いずれは子の町に強制送還することになるのだが。

「しかしこの人数…送り返すのも一苦労だぞ」

十鎧は額の汗を拭った。
百五十、いや二百人はいるだろう。一つの町のおよそ半数が同時に移住するなど、普通では考えられない。よほどのことがあったのだと、十鎧は不安を募らせた。

「隊長!住人からの情報で、先ほど塵が出現したと言っている者が居たそうなのですが、付近を隈無く探しても塵は見当たりませんでした」
「…?妙だな、これだけ人が集まっていればとっくに顕れていてもおかしくはない…」

十鎧は訝しげに周囲を見回す。粗方住人の誘導も終わり、通りにはわずかな人影を残すのみ。まるですべての塵が消え去ってしまったかのように、町には当たり前の景色が広がっている。夜の町をこんなにじっくりと眺めたのは初めての事だ。

「ふっ…塵が出てこなくて不安になるなど考えたこともなかったな。不気味だ。一体子の町と亥の町に何が起こっている…?」

眉間にシワを寄せる十鎧の前に、一人の男が現れた。

「よう、あんたが亥組の隊長さんか。どうして塵が現れないか、教えてやろうか?」
「何者だ」

目立つ金髪に青い瞳、見慣れぬ風貌に十鎧は警戒心を強めた。傍にいた隊員達も拳を構えた。そこへ、金髪の男の隣に見慣れた顔の青年を発見し、十鎧は目を見開いた。

「白奉鬼か!こんなことになってしまって、すまなかったな。お前の神器を披露してもらうどころではなくなってしまった」
「いえ、僕も同意したことですし…それより彼の話を聞いてもらえませんか?」

白奉鬼は視線を隣の男に向けた。

「その者は…仲間か?怪しげな風貌だが…」
「見た目で人を判断すんじゃねえよ。このオレが、見廻組なんぞのためにわざわざ情報をくれてやるって言ってんだ」
「…」

しばらく睨み合う二人。見廻組から隠れるように過ごしていた男とその見廻組の隊長だ、お世辞にも相性が良いとは言えない。
白奉鬼が困り果てていると、後ろから飛鳴小がバシッ、と二木の頭を叩いた。

「何やってんのよ、あんただって纏装を貰いたいんでしょ?さっさと土下座して靴でも舐めなさいよ」
「いっ…ちょっと飛鳴小ちゃん!オレに冷たすぎねえか?」

相当強く叩かれたのか、二木は後頭部を何度も擦っている。飛鳴小の刺すような視線を感じて、二木は逃げるように目線を足元に落とした。女性には比較的真摯な態度をとる二木も、飛鳴小ほど気性の激しい女性は苦手のようだ。

「纏装だと?お前はこの町の人間じゃないだろう。神器を貰えばいい」
「そいつは無理な話だ。オレはあんたらと同じ、神に逆らった人間なんでな」
「神に逆らう?一体何を…」

十鎧はハッとして二木の胸元に下げられた首飾りを凝視した。紐にくくりつけられているのは、ひし形の木の板に月のような模様が描かれた飾り。それを見て一言「なるほどな…」と呟いた。

「その夜を象徴する首飾り、お前は闇喰教の信徒だな」
「ああ、そうだよ。話が早くて助かった。言葉だけじゃ信じないんじゃないかと思って、わざわざ付けてきてやったのさ」

二木は片方の口の端をわずかに上げて、歪んだ笑みを浮かべた。白奉鬼は慌てて「元!元です!」と補足する。しかしそんなことはどうでもいいと言わんばかりに十鎧は顎に手を置いて思考を巡らせ、ある結論に到達した。

「一連の騒動は全て、闇喰教が仕組んだことだというのだな。子の町で起こっていることも、塵が全く顕れないのも」
「こんなことが出来るのは奴等しかいない。塵を呼び寄せたり、逆に遠ざけることも出来るからな」
「何のために?混乱に乗じて我々を塵の餌にするのが目的じゃないのか」
「奴等の本当の狙いが何なのか、オレにもわかんねえよ。ただ、あいつらは闇喰様を本当の神にしたいと思ってる。神ってのは信じるものが多い方が力を増すらしい。だから必要以上に恐怖を与えないようにしてんじゃねえか?」

首のうしろを擦りながら、とっさに頭に思い付いたことを話す二木。しかしそれは、十鎧にとってこの謎を解く鍵となり得た。

「ふん、敵ながらよく考えたものだ。ただ恐怖で敷く支配は反感を買うもの、だが突然その恐怖が取り除かれると人は当たり前のことにさえ異常な幸福感を抱く。判断力を鈍らせ、甘い言葉で誘惑すれば、逃げてきた子の町の住人は簡単に籠絡するだろう」

そう言って、にやりと笑う。

「十鎧さん、子の町に行きませんか」

白奉鬼は強い意思を持った瞳で提案した。行ったこともない町、会ったことのない人々でさえ、救うと決めたのだ。

「もとよりそのつもりだ。子の町の住人をこのまま滞在させることも出来んからな。送り返せる状況なのか、確かめねば」
「仕事熱心なことで。そいつらも着いてくんのか?」

二木は後ろの隊員たちを指差した。

「いいや。子の町の住人が狙いかもしれないとわかった今、この町の警備を手薄にするわけにはいかん。悪いが子の町には俺一人だけ同行する」
「おいおい、向こうは何が起こってるかわかんねえんだぞ?この人数で行くなんて…」

不満をぶつける二木を制止するように、白奉鬼は彼の二の腕あたりを掴んだ。そして顔を見て首を横に降ると、二木は鬱陶しげに振り払ったがなんとか納得してくれた様子でそれ以上は何も言わなかった。

「なら僕も入れてくださいよ」
「陰吉!お前いつから…」

十鎧の背中からひょこっと顔を出した陰吉。本当にいつの間にそんなところに隠れていたのか、誰一人気付いていなかった。そんな皆の驚く表情を見て、彼は満足そうに口角を上げる。

「あん?たった一人、しかもガキじゃねえか。そんなもん増えたところで大して変わんねえよ」

驚かされたことに腹が立ったのか、二木が食って掛かる。

「そうかもしれませんね。まあ一つ、纏装の扱いに関しては教えて差し上げられる部分もあるかと思いますので、そう邪険にしないでくださいよ」
「ああ?ちょ、おい!近付くんじゃねえよくそガキ!」

まるで遊んでいるかのように、二木の周りをちょろちょろと動き回る陰吉。見た目はどう見ても二木のほうが大人なのだが、言葉遣いや態度からまるで逆のような印象を受ける。

「遊んでる場合?さっさと行くわよ」
「痛っ!」

退屈そうに腕組をしていた飛鳴小が二木の脹ら脛に蹴りを入れる。踏んだり蹴ったりとはこのことだろう。白奉鬼は少し二木に同情した。しかしそれどころではないのは確か。早く原因を突き止めねば。白奉鬼が「よし行こう」と声に出すと、陰吉もふざけるのを止め、一同は北門に向かって歩き始めた。


◆◆


纏装とは武術の防具である。ということはつまり、近接格闘経験のある者にこそ相応しいということだ。未経験者であれ誰でも扱えることは確かだが、素人が防具だけ着けて戦うなど自殺行為も甚だしい。二木はその素人だ。苦肉の策で十鎧が考えたのは、纏装を武器に巻き付けることだった。

「お、おいおい本気で言ってんのか?これで戦えって?」

纏装でぐるぐる巻きにされた木刀。それを渡された二木は馬鹿にするような半笑いを浮かべた。

「貴様が武術の心得がないというから、わざわざ誂えてやったのだ。文句があるなら自分で武器を探すがいい」
「チッ、まあ丸腰よりはマシか…でもこんな使い方したこと無いんだろ?本当に塵に効果あるんだろうな?」

十鎧はしばらく黙った。数秒間が空いて、

「わからん」

と。二木はその後も何やかんやと十鎧に突っかかっていたが、相手にされないと分かると諦めて、不貞腐れたような顔をして歩き続けた。

再びやってきた町の最北端。北門の扉に手をかけた十鎧は、その重々しい扉を押し開ける。常闇の道へと繋がる扉。真っ暗な扉の向こうの空間を見据える五人。この先に何が待ち受けているのか、底知れない闇が不安を増長させる。

「皆、常闇の道の決まりは知っているな?俺が先導する。遅れないように気を付けろ」

人を率いることに慣れている彼の背中は、とても頼もしかった。一切の迷い無く、手元の灯りだけで闇のなかを進んでいく。十鎧の後を、白奉鬼、飛鳴小、二木、陰吉の順で着いていった。

「十鎧さん、さっき言っていた常闇の道の決まりって、“走ってはいけない”ことですか?」

前を歩く十鎧に向かって問いかけた。

「ああ。それは常識だな、赤子でも知っている」
「…」

白奉鬼は過去の自分がいかに無知であったかを思い知り、津波のような塵に呑み込まれそうになったことを思い出して絶句した。十鎧は「だが…」と続けて、

「決まりごとはそれだけではない。“道を外れてはいけない”という決まりもある。不思議なことに…常闇の道は一本道で、その道しか灯りで照らすことは出来ないのだ」
「へえ、まるで危険な橋の上でも歩いているみたいですね」
「その緊張感は持っていた方が良いだろう。橋から落ちればどうなる?同じことだ。道を外れて戻ってきた者はいないというからな」

明確な境界線があるわけではない。十鎧が慎重に進んでいく道を、白奉鬼も出来る限り足跡を重ねるようにして歩く。

「飛鳴小ちゃん、大丈夫?ちゃんと着いてきてる?」
「馴れ馴れしいわね。危なっかしいのはアンタのほうよ」

後ろから声がしないので、心配して声をかけたのだが余計なお世話だったようだ。飛鳴小が多麻を除いた人間に好意的でないことは分かっていたが、ここまで素っ気ない態度をとられると少し傷付く。白奉鬼ははぁ、とため息を着いて前だけを見据えた。

「…戌の町で何があったのか聞いたわ。あんた、消滅してなかったのね」

飛鳴小は少し間を詰め、小さな声で囁いた。飛鳴小はすべて知っているようだ。巨大な塵が顕れたことも、その塵に白奉鬼が喰われて消えたことも。

「なんで無事だって言わないでこんなとこに居んのよ?」
「それはその…二木を逃がすためだよ。巨大な塵の正体は彼だったから」

下手な嘘は通用しないだろうと、白奉鬼は真実を告げた。飛鳴小は少し大きな声で「はあ!?」と驚嘆の声をあげた。

「見廻組の飛鳴小ちゃんに頼むのもおかしいけど、この事は戌組や皆には言わないで。二木は望んでああなったわけじゃないと思うから…」
「意味わかんない…塵のなかに人?他の塵もそうなの?」
「どうかな。まだ他の塵を切ったことがないからわからない」

困惑する飛鳴小に、白奉鬼は事実だけを淡々と口にする。誰もがこの話を聞いても半信半疑だろう。もしかすると二木だけなのかもしれない、そう考えると曖昧に答えるしかなかった。

「でも…そうか。だから多麻先輩は…」
「?」

背後で飛鳴小がボソボソと一人呟く。いつも勝ち気で物事をはっきり言う飛鳴小らしくない姿だ。白奉鬼は思わず「どうしたの?」と声をかける。

「最後に酉の町で会ったとき、多麻先輩が言ってたのよ。『塵を恐れてはいけませんわ。あれは人の欲の形、ワタクシたち誰もの心に巣食っている醜い生き物なのですから』って」
「多麻が?もしかして、塵が何なのか知っているのかな…多麻って何者なんだろう」
「先輩は博識なのよ。言っとくけど、多麻先輩が闇喰教に入ってるっていうくだらない噂なら絶対にあり得ないから」
「え!?」

思わぬ方向に話が進んでしまった。白奉鬼がまだこの世界に来て間もないせいなのか、そのような噂が立っていたことすら初めて知った。

「どういうこと?なんで退治屋の多麻が闇喰教なんかに…」
「だからあり得ないんだってば。闇喰教なら味方である塵に襲われるはずないもの。ていうかあんた本当にあの二人のこと何にも知らないのね」

それは確かにそうだが、付き合いも短いのだし仕方がないだろう。と白奉鬼は少しむくれた。だが今にして思えば、本当に謎の多い二人だった。鳥喰は面倒臭がる割にはこちらの質問には答えてくれるし、多麻は何の恩義あってか鳥喰の世話を焼いていて、神器を使うところはまだ見たことがない。退治屋である以上、所持はしているはずなのだが、白奉鬼のように小さな神器なのか仕舞われていて見えない。いつか戌の町に戻ることが出来て、多麻に会えたら見せてもらおう。ただの妄想でしかないが、きっと美しい神器に違いない。白奉鬼はそのときを待ちわびるかのように、期待に胸を膨らませた。

「それで、塵のなかから出てきたあの男は信用できるわけ?さっきの話じゃ闇喰教の信徒らしいじゃない」
「あ、うん…二木はある人を助けるために嫌々闇喰教に入ってただけなんだって」
「ふうん」

二木は最後尾の陰吉にちょっかいを掛けられていたようで、左手に持った木刀をぶんぶん振り回している。しかし陰吉は片手で提灯を持ちながらも器用に木刀を避け、面白がるように笑っていた。

「そんな攻撃の仕方じゃ、いくら動きの遅い塵相手でも当たりませんよ」
「うるせえ!的が小さすぎて狙いづらいんだよ!」
「言い訳ですか。大人げないですねえ」

さらに煽る陰吉。寄せ集めの五人に信頼関係などあるわけもないが、このままではお互いがお互いの足を引っ張ることになるのではないか。白奉鬼はそんなことを危惧して十鎧に助けを求めた。

「十鎧さん、その…あの二人なんとかなりませんか?」

すると十鎧は一瞬後ろを振り返って、またすぐに前を向いた。そして何故か少し嬉しそうにフッと笑う。

「あれで陰吉は彼に懐いているのだ。あいつがあんなに楽しそうに笑っている姿は初めて見た。見た目のせいで子供扱いされ、誰も本気で相手してくれなかったからな。本気でぶつかってくる大人が居て嬉しいんだろう」

改めて見ると、陰吉は自分の纏装について話したり、塵に囲まれたときの効果的な対処法について饒舌に語っている。二木もその言葉に耳を傾け、子供の言葉だからと無視したり蔑ろにするようなことはない。白奉鬼の心配は杞憂だったようである。

「お前にも感謝している。他の町のために動いてくれたこと、そして…纏装について深く詮索しないでくれたこと」

白奉鬼は「いえ…」と言い、十鎧の胴や腕に付けられている纏装を見つめながら思った。纏装に関して思い付くままに聞かなくて正解だったと。何やら詮索されたくない理由があるようだ。

「さあ、もうすぐ着くぞ。子の町は住人がこぞって逃げ出すような状態だ。覚悟しておけ」

暗闇の中に薄っすらと、出口から射し込む光が見える。あの扉の向こうに広がっているのはどんな景色だろう。五人に緊張が走る。

ギイイ…

ゆっくりと扉は開かれる。次第に露となっていく子の町の光景。常闇の道は半刻ほどで抜けるため、こちらもまだ夜である。そして暗闇に蠢く黒い物体。やはりというか十鎧が予見していた通り、それは町を埋め尽くしていた。

「こんなに居るなんて…」

まるで塵の巣穴にでも潜り込んでしまったようだった。人の形をした人を喰う生き物。ゆっくりと、だが確実にこちらに躙り寄ってくる。頭部のない不安定な体は、ふらふらと左右に揺られている。あれは目視ではなく魂を感知して寄ってくるのだという。

このような光景を目にすると思わずにはいられない。ここは本当に天国なのか?と。